2010/12/20

神さまのこと

昨日は、いつもあすなろ荘を支援してくださっているYさんからのお誘いでH市の教会へ行ってきました。…私はキリスト教徒ではありませんが、「聖書」を学びたい!という思いは昔から持っていました。宗教というくくりではなく(この表現は大雑把すぎますが)純粋にキリストについて神さまについて学びたいと、この仕事に就くようになってからは更に強く感じるようになりました。…
アメリカ人の宣教師Kさんが英語と日本語で丁寧に聖書を読み上げ、そこにこめられた意味を教えてくださりました。
私が今、聖書の教えを元にして、自身で向き合っていきたいと考えるテーマは「暴力」についてです。誰しもが持っている“暴力性”について、人はどう向き合いその“暴力性”をコントロールしていけばいいのか…
暴力は簡単に人を支配します。
私たちが暴力に支配されないために私たちは何を学びどうやって生きるか
キリストは「人間はいとも簡単に暴力に支配されてしまうのだ」という啓示を我々人間に与えるために誕生したのではと考えてしまいます。
何だか壮大な事を書いているようですが、暴力は日常のなかから始まるものだということ、私たち皆が内包しているものだということを、児童虐待の支援の場で痛感しています。
戦争も、差別も、人権侵害も、児童虐待も、いじめも根源にあるものは、たどりつく源は全て一緒ではないかと思います。

神さまはいますか?
昔は、天を仰いで問いかけていました。
でも今は、自分への問いかけへと変わりました。
神さまについて考えることは時に苦しみを伴うことでもあります。
それでも、神に問い、自分に問い、「暴力という現実」に向き合える人間になりたいと思います。



宗教云々ではなく、真剣に、神について、人間について語らう時間が私たち多くの日本人にはあまりに少ないのではないでしょうか

教会での時間は穏やかな幸せに満ちた時間でした。