2011/07/20

必死さ

私たちケアワーカーが、子どもたちへ適切でよりよい支援をするために学ぶべき知識、身につけなければならない支援技術はたくさんある。知識と技術、経験がケアワークには欠かせません。
でも、私が支援者として一番にこだわりたいことは、子どもたちの声を聞くと、子どもたちの心に傾ける、寄り添う心があるかないかということです。
あすなろ荘の前ホーム長の江川さんがよく言っていたこと……
「子どもたちの為にどれだけ必死になれるか」「自らの支援にこだわりを持てるか」という言葉を何度も思い返す場面が多々あります。

「自分のために一生懸命になる大人の姿」に
子どもたちは、私たち大人が思う以上の「何か」を感じ取ってくれていることを、私は実際に子どもたちから教えてもらいました。

一生懸命にとか、必死にとか
暑苦しく恩着せがましくも聞こえるかもしれません。
でもやっぱり私自身、必死さが伝わらない支援者は信用できません。
必死さが伝わってこない支援者には憤りさえ感じます。
私たちの仕事は、子どもたちのこれからの人生や命を左右する大事な役割を担っているのに。
何のアイデアもない杓子定規の支援、通例を当てはめてしか考えられない人には「何のためにこの仕事をしているのか?」と問いたくなる時もあります。
ひとりひとりの子どもたちは、ひとりひとり違うのことを忘れてはならないです。
パターン化して、条件にあうかあわないかの支援は支援なんかじゃないと思います。
もっともっと子どもたちの声を聞いていかないとと思います。
「子どもたちの声」「子どもたちが伝えてくれること」は、どんな素晴らしいテキストよりも、講義よりも大切だと感じます。



自分たちの支援が適切かどうか、正しいかどうかは、プロセスのなかでどんどん検証していけばいいのだと思います。
とにかく、今出来ることを必死にやっていきます!